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反社会人
The first rule of fight club is You do not talk about fight club.

Fight Club、ブラッド・ピットとエドワード・ノートンが出演する映画である。

俺が高校の時に初めて見て以来、もう10回近く見ている作品だ。これ程、メッセージ性が強く、痛々しく、虚しく、そしてどこか爽快な作品はなかなか無いと思う。

「単なる暴力映画」「オチが意外」など表面的な捉えられ方もされたみたいだが、この作品の本質はそんなところにあるのでは無い。俺も一番初めに見た時はその中身を確実に捉えてはいなかった。今もそうだが、当時は今にも増してナイーヴな、無知な人間だったから、単に「タバコを咥え何かに反抗しているタイラー(ブラピ)がかっこいい」程度の認識しかなかった。それでも、その後何度も見続けて来たのは、一応その時感じるものがあったからだろう。

大手自動車会社に勤める、いわゆるヤッピーの主人公(ノートン)とタイラーが、週末に男同士が殴りあうためのサークル「ファイト・クラブ」を結成。それは徐々に勢力を拡大し、最終的に「メイヘム計画」で金融街を爆弾で壊滅させる。もう何年も前の映画なので決定的なネタを言うがタイラーは主人公が創り出した意識上の人物であり、実際には存在しない。

おもしろいのが、作品内で主人公は最後まで名前が無い(明かされない、と言うべきか)。ラストのエンドロールでも「ナレーター:エドワード・ノートン」として紹介されている。映画を見れば分かるが、主人公は最後を除いて「自分」と言う認識をうまく持てていない。高い地位の仕事に就き、高級アパートに住み、高級北欧家具を磨く事でストレスを発散しているが、彼は何年も不眠症だ。がん患者や喘息患者のサークルに侵入し、まやかしの癒しを得る。そんな時、彼はタイラーに「出会う」。

タイラーは主人公とは全く逆の人間だ。もちろん主人公とは一身同体なのだが、そこが主人公の人生への葛藤を浮き彫りにさせ、そしてタイラーに同調するようになる。以下にタイラーを象徴する作品内の台詞を挙げる(殆ど字幕からの引用だが、ごく一部は俺の判断で変えている)。

●主人公の自宅が火事に見舞われ、自慢のブランド品の数々がパァになった事をタイラーに酒場で嘆く。それに対して…
タイラー「デュヴェを知っているか?」
主人公「ふとん?」
タイラー「いや、正確には毛布だ。だがなぜその名を知っている?生存のための必需品でも無いのに皆が知っている。それは何故か?」
主人公「消費文明の世の中だから?」
タイラー「そう、我々は消費者だ。ライフ・スタイルに仕える奴隷。殺人、犯罪、貧困を誰も気にしない。それよりアイドル雑誌にマルチ・チャンネル、デザイナー下着、毛はえ薬、インポ薬、ダイエット食品…」
主人公「それにガーデニング」
タイラー「ファック・ガーデニング、タイタニックとともに海に沈めばいい。(火事で焼けた)ソファなんか忘れちまえ。パーフェクトであることをやめろ。頭を切り替えて自然な生き方をしろ」
主人公「いいんだ、たかがモノだ。保険もかけてある」
タイラー「お前はモノに支配されている」

●バスの壁のジムの広告を見て
主人公のナレーション(人を見る目が違ってきた。こいつはファイターかどうか。ジムに押し込められ、カルバン・クラインやトミー・ヒルフィガーのようになろうとしているアホども)
主人公「あれが本当の男か?」
タイラー「ワークアウトはオナニーだ、男は自己破壊を

●ファイトクラブ開始の前口上で。
タイラー「君たちは素晴らしい知力と体力に恵まれている。だが伸びるべき可能性は潰されている。職と言えばガソリンスタンドかウェイター、奴隷のように仕えるサラリーマン。宣伝文句に踊らされて、必要の無い服や車を買わされる。俺たちは歴史の狭間で生きる目標が無い。世界戦争も無く恐慌も無い。俺たちの戦争は魂の戦争。毎日の生活が大恐慌だ。TVは言う『君も明日は億万長者かスーパースター』。大嘘だ。その現実を知って、俺たちはムカついている

こうして見ると反体制ティーンが騒ぐ青春映画のような台詞である。しかし、彼らは紛れもなく「社会人」。その事実が、青春映画に見られる「理想を語る青臭さ」を感じさせず、リアルな現実感が襲いかかってくる。主人公はいわゆるX世代。両親が離婚し母親に育てられた。タイラーはそれを「子にとっての神である父親に捨てられた。俺たちは神に見放された子なんだ」と言う。高い教育を受け、物質的にも豊かでそれなりの職もある。だが気が付けば恐ろしく虚しい感覚に襲われる。彼らはそんな環境で個を見失い名前を取り上げられたのだ。

このブログのタイトルの「反社会人」とは、土曜に飲んだ友人の一人が言っていた言葉だ。彼がこれを言った意味は別にあるが、俺が思い浮かんだのがタイラーであり、この映画だった。実際彼らは終盤で反社会的な行動をとり壊滅していくのだが、それに関係なく、ファイトクラブは自分や環境に疑問を感じた連中の発散の場。どこかの国の元サッカー選手のように「自分を探す」時間も金もあるわけではない。平日に社会人である彼らが、週末に真の姿「反社会人」になれるむさいオアシスだった。

しかしタイラーの暴走が破滅を招く。彼は軍隊のような組織をクラブ会員で作り、ビルの放火や飲食チェーン店の破壊などテロ行為によって、文字通り地下活動(酒場の地下でやっていた)だったファイトクラブが地上に出て、社会を相手に喧嘩を始めたのだ。それが彼の最大の失敗でもあった。タイラーは決められた価値観を押し付ける社会への反発でファイトクラブを組織したのだが、自分の価値観を社会に押し付けるべきではなかった。それが、彼が最後に単なるテロリストに成り下がった原因だったと思う。

主人公はタイラーの暴走についていけなくなり、金融街を爆破し「借金をゼロにする」メイヘム計画の中止に奔走する。その過程でタイラーから「俺はお前が頭に描いた自分の理想像だ」と告げられる。頭が良く、何にも縛られないタイラーは主人公の空想の憧れだったのだ。いいアパートに住み、いい服を着て、高級家具を磨く自分自身の姿は社会が認めるポーズに過ぎなかったと彼自身も分かっていたのだ。これがもし、いいアパートを、服を、家具を、そんな自分を本当の意味で心から愛していたならタイラーは誕生しなかった。それはこの前読んだアラン・ド・ボドンの本にも通じるものがある。ただ自分を積極的に変えるか消極的に変えるかの違いだと思う。

最後に彼は自分を拳銃で撃ちタイラーを殺す。そして爆破されるビル群を見ながら「これから全てが良くなる」と悟るのだった。

455px-Fight_club_ver4.jpg

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| 映画 | 18:51 | トラックバック:0コメント:2
コメント
「自分が生きている場所にあるものに何の疑問も感じないでに生きられたら、そんな楽な人生はない」みたいな内容のことを某小説家が書いていた。
ある種の人間にとって自分と社会を調和させることは、人生において、かなり難しい問題だと思う。それが上手くできない人たちの話は小説や映画のテーマになるぐらいだしね。

ファイトクラブ。見たのは3~4年前ぐらいかな。もう一回見ようかな。

2006.11.08 Wed 10:06 | URL | Carles Puyol
>ある種の人間にとって自分と社会を調和させることは、人生において、かなり難しい問題だと思う。

まさに前半はそんな事を言っているんだよ。はじめのほうは積極的なのに最後に暴走しちゃうんだよね。結局駄目になるあたりがやっぱりロックなんだけど、映画でタイラーが説くことは割りと前向きで良いと思った。それをどう使うかだよね。そりゃ疑問を感じるのは当然なんだからさ。

あ、見たことあるのか。ならもう一度見ることを是非勧めます。今となっては受ける感じも違うかもよ。
2006.11.08 Wed 19:37 | URL | ぷにぷに
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