ねこが大好き。 いろんな物事について書いてます。

ぷにろぐ

これがサッカーだ!(何を今更…) | main | Love Boat Captain
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | --:-- |
もうひとつの愛を哲学する(原題:Status Anxiety)アラン・ド・ボトン著
この間近くの古本屋で買ってきた。今まで読んだ書物の中でもかなり印象的な部類に入ると思う。

タイトルだが邦題だと何を言っている作品か少し分かりにくい。原題の方が本書の内容をストレートに表しているのでイメージし易いと思う。

Status Anxiety

直訳すれば「ステータスへの羨望」とかそんな感じだと思う。人間の価値が「どんな仕事に就いているか、何を持っているか、何を着ているか、何を食べているか」などの「ステータス」で測られる社会で生きる現代人に前向きなメッセージをややシニカルに語ってくれる。

別の捉え方をすれば、そういったライフスタイル一辺倒な世の中を告発し、もう一度読者により良い暮らしについて考える時間を与えてくれるようにも思える。「ステータス社会」への変遷を歴史的に解説してくれていたのが個人的には良かった。

この本を読んで思ったのは、ステータス社会は形は違えど現在に至るまで歴史的に存在してきており、そこでの容赦無い人間の篩い分けに対する解答が今もってなされていない事だ。この本でも書かれているように「ステータス」とはつまり「金・物・地位の所有」である。現代ではほぼそれが100%ではないだろうか。そしてその基準がその人間の身分を決める。

だがそれはいわゆる日本でも議論される「格差」の問題では無い。そもそも「格差」と言う考え方自体がおかしい。よく言われるが、今では多くの国が自由競争の社会。確かにいろんな問題も含むが、それは人間の平等を確立するうえで絶対に必要なものだ。その中で「経済的な格差」が出るのは当然だし、健全な事だと思う。

問題なのは(そして一番俺がムカつくのは)それを「人間の価値の格差」として当たり前のように適用する事だ。本書の中で過去の身分制度社会では意外にもステータスの格差への不満が少なかった事が挙げられている。それは階級間に尊敬があったからと述べている。例えば低い身分である農民は、社会的な尊敬を受けていた。ピラミッドの下層にありながらも、ピラミッド全体の食料をまかなっているとして、上流階級からも尊敬を受けていたと言う。

しかし本書の中でも指摘されているように、近・現代社会において、地位や金の所有で価値を測り、そこから漏れた人間に対して「負け組」と言うレッテルを張り、「価値の無い人間」として片付ける事が本当に正しい基準なのだろうか。そして、その極端で狭い「経済的な価値=人間の価値」と言う基準のみが人間に適用されるべきなのだろうか。それが個々人が自分の本当により良い暮らしを考える事を妨げてはいないだろうか。

人がいつの間にか狂信的に、曖昧な、だけど周りのみんなが信じている方法に訳もわからず向かわざるを得なくなってしまったのが現在の日本やその他の先進国だと思う。

その辺の馬鹿な経済誌(例えばプレ○デント誌など)の馬鹿騒ぎ見ると良い。今の社会の縮図だ。どれもこれも同じような間抜けな特集を組んでいる。「大企業の給与は」「勝ち組になれる大学とは」「企業年収ランキング」。あほかと。

何度も言うが経済的成功を追うことは全く悪い事だと思っていない。まっとうな方法で成功した人は能力に優れた素晴らしい人間だと思う。俺も尊敬する企業家はたくさんいる。ただそれは経済の分野においての事で、それとは関係ない位置にいる大多数まで巻き込んで価値を決め付けるなと言いたいだけだ。

この本の邦題の「もうひとつの愛を哲学する」とは、「ステータスへの羨望」として得られるのでは無いもの。「ステータス」を身に纏えば、周りから羨ましがられ注目を集められる。著者はそれもひとつの愛だと言っている。だが本当の愛とは。本書の解説として表紙にはこう書かれている。

「愛は尊敬の一種であり、ひとりの人間の他人の存在に対する感受性である。自己と他者の真価を正しく認め、評価することの大切さをやさしく説き、いかにして幸福な人生を手に入れるかを哲学する」と。

スポンサーサイト
| books | 01:22 | トラックバック:0コメント:2
コメント
難しそうな本だね。俺は今、インドに行くにあたって哲学書を読んでいる。意味がわからなくてなかなか進まない…


人間は破壊したり、略奪したり、獲得したり、蓄えたり、発見したり、発明したりすることができるけれども、人間が真に偉大であるのは人間の魂がすべてを理解するからである。人間が硬化した習慣という生命のない殻の中に自分の魂を閉じ込めることや、視界をさえぎり渦を巻いて吹き荒れる砂嵐のように目をくらませる熱狂的行動の渦中に巻き込まれることは、悲惨な自己破壊なのである。

よく意味はわからなかったけど非常に印象に残った部分。古代インドでは、万物と調和した魂を持つことが最高の価値観だったらしい。彼らはすべての自己本位の欲望から解放されて存在するすべてのものと魂で結ばれていたらしい。あーよくわかんねーー。
とりあえず今わかるのは、勝ち組とか負け組みって言葉が社会的におおきな意味を持つような国と対極にあるってことだけだ。

斜体の部分は「タゴール著作集 人正論・社会論」より引用
2006.11.04 Sat 03:12 | URL | Carles Puyol
難しそうだけど面白そうな本だね。俺もチェックしようかな。

その本の意味と合うかどうかは分からないけど、この本の中に「自分が本当に満足するものを正しく見極める事が重要」みたいな部分があって、「熱狂的行動の渦中に巻き込まれる事」と通じる部分があるんじゃないかと。

その本は読んだこと無いけど、「自分」を正しく判断する事の大切さが引用から伝わってくるよ。
2006.11.04 Sat 19:43 | URL | ぷにぷに
コメントする














管理者にだけ表示を許可する

この記事のトラックバックURL
http://acchonburike507.blog71.fc2.com/tb.php/26-b345355a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
| ホーム |

プロフィール

ぷにぷに

Author:ぷにぷに
はじめまてち。
ぷにぷにでちゅ。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。