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ぷにろぐ

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The Football factory
イングランドのフーリガンと言う軍隊同士の内戦をテーマにした映画。

フットボールと言うタイトルが付いているけどサッカーの話はチームの名前が出てくるだけに過ぎない。チェルシーのファンの暴動を描いた映画だけど、これが文化としてのフットボールなのか一部のフーリガンなのかは正直分からない。

40過ぎのおっさんから20代前半であろう若者から成る「軍隊」はそこに秩序があり規律も存在するが、この映画を見る限りでは彼等は、「闘い」のためにサッカーを利用しているとしか、本場の事情を知らない人間には感じてしまう。恐らくドイツサッカー協会が一番入国させたくなかった人間とはこいつらのことであろう。

サッカーが文化としてならこういった事情も有り得るのであろうか。以前に「フーリガン戦記」と言う本を読んだことがあるのだが、そこで挙げられる「サッカーファン」は一般のそれが議論を交わす戦術などの話は全くせず、ただ相手のチームのサポーターを打ち負かすことしか考えてないのが痛いほど伝わってきた。

つまり「闘い」としてのサッカーであり、「スポーツ」としてのサッカーではないわけで、その辺りが「サッカー後進国」の人間には理解に苦しむところであり、変な意味では「文化」としての憧れみたいなものを感じてしまう部分である。

もちろんサッカーは「フェアプレー」が前提なわけだが、そういった意味を超越して、「サッカーの母国」の根付いた文化が変な意味で憧れの対象になってしまう映画だった。

おかしな言い方かも知れないが、ここに「日本のチェルシーファン」を自認する人間が入る余地は全く無い。サッカーは地域の文化である、と言うことを良い意味でも悪い意味でも分からせる映画なのではと思う。
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| 映画 | 02:49 | トラックバック:0コメント:0
Ultla Violet
週末に友人に誘われ見に行ってきた。

俺をこの映画に非常に熱心に誘ってくれた方が、エンドロールが流れた瞬間に

「すいませんでした」

と俺に謝った。それが全てでしょう、結論から言えば。

感想に何を書いてよいか分からないくらいBな映画だったのだが、チョコチョコと文句でも言ってみる。

1:ゲームですか、これは。
悪者(?)との戦闘シーンなんかPS2のゲームみたい。それがウリなら、それはそれで酷い出来。今更あーだこーだ言いたくないが、人が打たれたり、切られたりすれば血がでる、当然だけど。何でこいつ等はでないんだ?始めはマジでロボットかと思った。

2:何このストーリー。
劇場公開中なんであんまり詳しく書くとまずいのかも知れないけど、オチ無し、意味無し、感動無し。要するに、人間の都合で勝手に生み出された栽培マンみたいなのと人間との戦いなのだけど。

3:何それ、暗示?
悪者の親分の台詞。
「恐怖で大衆をコントロールしないと面倒な事になる」云々。
誰ですか?ブッシュ大統領ですか?リアルどころか陳腐過ぎないだろうか。使い古されていると思う。

4:そんな締めはいらない
ラストで「悪者はみんなこうなるのだ」的な主人公のナレーションが入る。30年前のウルトラマンじゃ無いんだから。

結論

見る価値無し。(ビデオで)借りる価値無し。


| 映画 | 03:29 | トラックバック:0コメント:0
School of Rock
Rocker必見の熱い娯楽映画。

Gibson SGを愛用するHM/HR系バンドのフロントマンがバンドをくびになった上、アパートの家賃の支払いに困り、生活のため補助教員の同居人になりすまし上流私立学校の講師として教室に潜りこんでロックを生徒に伝導すると言う話。

上流私立にロッカーと言う図式自体が典型的だが、そういった物語の構成はありきたりで、山も無く谷も無くと言った感じではあるけれど、終始メッシージは一貫していて、そのストレートさがロックと言えばそうだと思う。

表面上は反体制対体制と言う話よりはロックミュージック自体の価値が訴えられており、その意味では入門的でもあり、古いファンには再確認の意味もあるのだろう。

以前雑誌でThe Whoのピート・タウンゼントを例に挙げ、ロッカーは子供じみた人間だ、と言う記事を読んだ事があるのだが、子供のバンドで自らをフロントマンにする主人公は大人になりきれない、と言うよりは、なる必要を感じない人種の典型なのかも知れない。しかしそれが本質だと思えば非常に一貫性のある人間だと納得できる。

それでもPoser(形、格好だけの人間)には徹底して批判をする。MTVを強烈に批判する台詞などは個人的に非常に愉快だった。要は中身を蔑ろにして、意味も分からず周りに合わせてお祭り騒ぎをさせるような現在のやり方に怒るわけだ。

そうじゃないだろう、と。中身をしっかり理解しているのか、と。ここにはあのバンドはいいけど、あれはダメと言った狭い範囲での議論は全くなされない。ロック文化そのものの尊敬があるだけだ。例えばNirvanaはGunsやBonJoviに批判的だったし、PistolsがGreenDayを認めないと言ったような話は枚挙に暇が無いが、要はリスナー側がしっかり理解して自分の判断で支持する姿勢があればそれはロックなのだ、と。そういった姿勢がロックシーン全体を成熟させるのだ、と。それを「何が流行るか」と言った安易な基準でリスナーが取捨選択を繰り返し、文化としてのロックが失われる事を批判するわけだ。

サッカーだって同じだ。

最近は音楽もサッカーも利権がらみのお祭り騒ぎと一緒。例えばWCを考えれば、この後日本がブラジルにボロ負けして予選敗退が決まったら、テレビ局を始めとする企業が、4年後まで継続して日本代表をサポートするかと言えば100%しないだろう。2010年にまた同じようにジャニーズを起用して馬鹿騒ぎが繰り返されるだけなのは明白だ。

しかしある意味では企業は当然の事、利益追求をしているだけで、WCが儲からなかったらドコも感心を向けないが、儲かるから営業活動をしていると言う事に過ぎない。それはそれで批判されるべき部分も多々あるのだが、一番愚かなのはそういった流れに安易に組み込まれる個々人が余りに多いことだ。

WC後にJリーグが盛り上がったことなどろくに無い。多くの人間は国を挙げてのお祭り騒ぎに一時的に便乗しているだけで、日本代表の土壌である部分には全く目を向けない。

ところがサッカーが「かっこいいモノ」だと分かると今度はヨーロッパがどうだとかほぼ中身の無い議論を始める。もちろん欧州の試合を衛星か何かで定期的に見ている真剣なファンもいるだろう。だが殆どの人間が「やべっちFC」の角沢の実況で流されるダイジェストのようなものだけで騒いでいるだけではないだろうか。

これもロックと同じでそこに確固とした姿勢があるのだろうか、と言う疑問に繋がる。垂れ流される情報に踊らされて、中身の無い消費を繰り返す以上は日本のサッカー文化の発展もありえない。

さてさて、話がずれたが、この映画で語られる姿勢は、現代的には「ダサい」として捉えられるモノであるのだろう。しかし、確かに格好よくは無いが、非常に自分に正直で真摯な姿勢であるのは間違いない。

だがそれこそが文化としてのロックなのだと訴えているのではないかと思う。
| 映画 | 23:33 | トラックバック:0コメント:2
日本対クロアチア
宮本はチーム運営を含めたキャプテンシーは評価されるべだと思うが、実際今回のような、規律云々より個人のノーガードのぶつかり合いのような試合では個人力での脆さばかりが目だってしまった。個人的には好きな選手だけど、高さと強さで来られたら弱い部分の方が目立つ。いかにラインをコントロールして守っていた前回大会のチームで中心選手になれたわけだ。カバーが追いつかなくて、反則で止めて、相手にFKorPKじゃ川口は落ち着いていられないだろう。先発FWは話にならない。何をしに試合に出たのか疑問だった。あれでは日本は1-4-4(GK-DF-MF)の布陣で戦っていたと同じだ。

試合後のコメントで「勝てる試合だった」みたいな話が出てたけど、はっきり言って柳沢が右からのボールを基本どおりに向かってきた方向と逆の足で当てていれば間違いなく勝っていたわけで、どういう理由で彼が使われるのか不思議で仕方がない。自分が囮になって真ん中に撃たせる選手よりは自分で撃つ選手の方が意識的にも相手には嫌に映ると個人的には思うけど。

加地は良かったと思うけど、ああいう相手の場合、加地に持たせて勝負させるんじゃ無くて、スペースに速いボールを追いつかせる使い方の方がいいような。

消耗した時間帯は巻でも良かったと思うけど、出番が無かった。彼のボールに喰らいつく、どこか格闘技っぽいプレーも、強い相手が疲れた時になんかは効果があるような気がするけどね。

いずれにしても川口がいなかったら帰国が決定しただけに、彼が今日の全てでしょう。逆の意味では柳沢と高原だけど。



| スポーツ | 00:00 | トラックバック:0コメント:0
番狂わせを期待しながら
アルゼンチン対セルビア・モンテネグロ

予想通りってわけじゃないだろうけど、アルゼンチンの圧倒的な力を見せつける結果となった試合。

序盤の大量得点で勝負はあっただろうけど、やはりそこは名門の攻撃力と言ったところだろう。個人的な見解では、セルビア側は守ってカウンター狙いの展開を意識していたのだろうけど、アルゼンチンの猛攻に遭った後はその方向性を見失った試合運びになってしまったようだ。

GKの視点で言えば、セルビアのGKはいずれの失点も悔いが残ったのでは。決して彼のミスではないだろうけど、時間が経つにつれて失点のシーンで集中力が切れた感が否めない。

旧ユーゴはモザイク国家と言われていたようで、今回セルビア・モンテネグロからさらに分離するようだけど、東欧の雄として力をつけていって欲しいチームだと思う。

ちなみにさんまの解説は最高。旧ユーゴのチームを「ビッチビッチチャプチャプ…」って(選手に~ビッチって名前が多いから)。メッシが出たら「空気読め」って。

テンションだけのへたなミーハー芸人と違って彼は古いサッカーファンだからギャグにも説得力があるような気がする。個人的にはカビラとの絡みが一番好きだけど。


オランダ対コート・ジボワール

実況のアナ曰く「コート・ジボワール」はフランス植民地時代の「象牙海岸」と言う言葉がそのまま定着した国名らしい。中学の時に社会科の教師が「ガーナチョコレートは実はコートジボワールチョコレートなんだ」と言っていた記憶がふと思い起こされた。真偽の程は知らないけど。

試合前の注目はドログバとエドウィン、若ハゲロッペンだったけど、コートの選手の凄いこと。フィニッシュがまずい部分も多々あったのかも知れないけど、洗練されていて非常にレベルが高かったと言うのが個人的な意見。シュートは殆どエドウィンの正面をついたけど、得点のシーンは2m近い彼もどうにもならない程素晴らしいコースだった。

この試合はコートジボワールを応援していたんだけど負けてしまった。コートジボワールに限らず、アフリカやアジア、南米のチームが勝ちあがってくれないと、ますます欧州の発言力が強まって、強欲ブラッターの権力を増幅させるような気がする。

実際サッカーってのは野球と違って、市民社会的なスポーツだから、それこそロカリティーが重要になってくるのが本来の形だと思うけど、今大会で欧州列強以外が予選で姿を消すようじゃ、ますますその形は失われて、欧州が中心になってしまう。

欧州チームが悪いとかそういうことじゃ無くて、先進国が強い以上、本来のサッカーの純粋さがどこまで保てるか心配なだけ。例えば昔は、それぞれの地域に根付いたスターなんかがいて、純粋に強いって意味で南米チームのユニフォームなんかも喜んで着ていたけど、サッカーがマーケットの対象になってからは、欧州偏重主義になってしまって、結果欧州外の地域のレベルアップを阻害して選手の流出を招いたと個人的には思う。

日本にしても、10何年前にあれ程盛り上がってたJリーグが、今では多くのミーハーサッカーファンが欧州を語るようになってしまって(それも一部のメディアの情報のみを引用して)、結果、本来そういった人間が貢献すべきJリーグへの視点は軽視されがち。注目を浴びないことには国内リーグのレベルも平行線を辿るだけだし、何より、サッカーの持つ地域性が全く意味の無いものになるような。

全てが欧州偏重主義が原因とは言わないけど、こういうところにもそれは現れているんじゃないかね。昔のように純粋にプレーの質に憧れてグレミオのユニを着るのと、今のようにファッションとしてバルサのユニを着るのと、どちらが意味があるのかって事。

話がかなりずれたが、コートジボワールは残念だった。個人的にはエドウィンをまだまだ見れる嬉しさとドログバや全く日本では無名だった多くの選手がもう見られない事の残念さが半々かな。個人的にはエドウィンは後1回くらいWCに出られるような。てか控えのGKだれなんだ?


| スポーツ | 00:00 | トラックバック:0コメント:2
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暇があれば本や音楽、映画etcの感想を書いていく予定。

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