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ぷにろぐ

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We are the champions
最近クイーンを聴き直している。 

ウェンブリー良いね。
ロックバンドのライブであれ程のモノはなかなか無い。

この前神保町の中古店を探しまくってやっと手に入れた。それ以来帰宅すると酒とウェンブリーライブのプライベートタイムが始まるくらい聞き込んでる。

最近のロックシーンとか、テレビも雑誌もあんまり見ない、読まないから全く分からないんだけど、良いと思ったものを聴き続ける事が一番だね。妙に新しい情報とか、義務感に駆られるくらいまで探す必要は無いと思う。

新しいヒットは何気なく偶然に見つかると思うし。友達に借りた、とか、店で流れてたとか、そんな感じで良いと思うけどね。

ところで、休日はブライアン・メイの真似して俺のフェンダーを引っ張り出してくるけど、最近ウェンブリーのボヘミアンラプソディのソロの音をを見つけました。

娯楽としてのロックが何なのか最近分かったような気がします。

フレディーが亡くなって十数年経つけど、俺の安物のコンポの中とアンプの中ではしっかり生きてます。


この前、知り合いの繋がりの、水道橋のバーに行きました。大スクリーンにロックのライブが流れる素敵な店です。また行きますよ~、アニキ。
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| Rock | 01:40 |
Muse live in Tokyo
彼らのライブに行ってきた。以下その感想云々。

友人に紹介されてから結構真面目に聴いていたバンド。最初聴いた時もそれほど違和感無く入ってきた。奴らの何が好きかって言えば、ヴォーカルの声とギター。ヴォーカルの伸びすぎる声とアノ不思議で激しいギターのサウンド。

ギタープレイの何を持ってうまいと言うかは、個人的には非常に微妙な部分だと思う。早く弾くのも「うまい」けど、それはやっぱり技術的な問題なのかなとも思うし。ギターの早弾きは「1%の才能と99%の努力だ」と言っている人がいたけど、その意味では割と「音」の問題じゃなくて視覚的な問題になってくるのではと。もちろん(出す)音も正確で技術的にも早いってのは、それも立派な芸術なのだけど。

でもMuseのフロントマンのギターはどうもそういうのじゃ無くて、音としてしっかり伝わるからその世界に入れるのだと思う。その意味で「うまい」なぁと。これは個人の好みによるから一概には言えないけど、俺は凄いギタリストでもあると思ってる。

だからライブの感想を言えばただ最高!!それだけ。もちろんベースやドラムが何もしてないかって言えば全然そんなこと無い。ドラムなんか最高にRockだしベースはとにかくデカい、じゃ無くて、コーラスとってたし、ノリノリでリズムを刻んでたし、誘ってくれた友達が言ってたんだけど、ある曲で彼がギターを弾いて本業のベースはサポートに任せてるシーンがあったんだけど、どうもその曲はフロントマンが歌いながら弾くには再現が難しい曲だったらしい。でもそこにベースがギターを手に取る辺りが「3人でやろう」と言う意思が見て取れたって。普通はギターをサポートにすると思ってたんだけど、やっぱりそれはそうなのかもね。

それにしてもヴォーカルは凄いな。なんだあの声、しかもギター弾きながら。その、何て言うか「ぶびゅぅぅぅぉぉぉおおお~」ってギターの音(笑)とか、カッコイイ!俺も足が筋肉痛になるほど跳んだりはねたりできてさ。

こうして感想を書きながら音楽プレーヤーで彼らの曲の「復習」をしているのだけど、もう俺のロックリストの中の一部だね。ところで某ネット百科事典によるとフロントマンの親は霊媒師だったみたい。確かに言われてみれば彼らの音はどこかスピリチュアル…って思ったりもするね。

と言うわけでまた来る事があれば絶対行くつもり。それとちょっと彼らの曲をコピったりしてフロントマンの気分だけでも味わおうと思ったりして。 

Muse.jpg

| Rock | 01:17 |
グレート・ロックンロール・ボーイズ
これはすごい(笑)

以下日刊スポーツからの引用である。

<欧州CL:バレンシア0-0インテル>◇決勝トーナメント1回戦第2戦◇6日◇バレンシア
 最高峰の晴れ舞台で、今後に汚点を残す前代未聞の大乱闘事件が発生した。バレンシア-インテル戦の後半ロスタイムに、インテルDFマテラッツィとバレンシアDFアジャラが空中戦で競り合った直後に両軍が暴発。終了の笛が鳴ると至る所で選手が入り乱れ、神聖なピッチが即席の「リング」と化した。
 バレンシアDFナバロがベンチから飛び出し、DFブルディッソに右フックを浴びせた直後、インテルDFマイコンが跳びげりで応戦。MFフィーゴらが相手のロッカールームを急襲すると、MFカンビアッソまでが大会役員室に殴り込んだ。その横の階段には、鼻を骨折したブルディッソの血が点々と垂れていた。
 ホーム戦を2-2と敗戦同然で終え、この日も相手の堅守に苦しんだインテルのイライラが爆発した格好だ。DFサネッティは「試合が緊迫して興奮し、血を見て、わけが分からなくなった」と話した。一方、マンチーニ監督は「バカなまねをして後悔している」というナバロの謝罪にも「狂ってる。殴った後に逃げた最低野郎」と吐き捨てた。優勝候補の早期敗退という事実以上に、インテルにとって歴史に汚点を残す最悪の結末となってしまった。


これがその動画 http://www.youtube.com/watch?v=_FestVFfjVE

世界中が注目するチャンピオンズリーグ。インテルとバレンシアという世界屈指の強豪。そこでこういう事をやってくれるからたまらない。

見事ヒット・アンド・アウエーを決めたナバロがMVPなのは言うまでも無いが、警備員のバリケードを突破して特攻を仕掛けるトルドと思われるGKも敢闘賞だ。もう40近いのに。

サッカー選手が面白いのは、こういう事になった時に(少なくとも見ている側には)明白な理由が伝わってこないからだ。例えば野球の乱闘なんかは、理由は大体デッドボールを巡るものだと思う。視聴者も「そりゃ頭にぶつけられりゃおこるよな~」と乱闘に納得してしまう。

しかし

サッカーにはそれが少ない。見ている側には伝わらない。「え?(笑)何?(笑)なんで、そんなことになったの??(笑笑)」ってな感じのが多い。そりゃ夜中にマクドナルドでいすを投げ、ホームセンターで便座をパクるような奴が働く業界だ。乱闘の一発や二発たいした事じゃ無いのかも。

でもそれでいいのだ。奴らは自分の頭の中の社会的常識を犠牲にしてまで、人生をサッカーに捧げてきた連中だ。サッカーから離れれば大きな子供なんだ。それが球を蹴ることで大金を得て、やりたい放題生きている。

ストレス社会で生きる大半の人間の希望だよ、ほんと。むしろ奴らが妙に紳士的だったら、それはどこか間違っていると思う。

これからも好き放題生きて下さい。

ロックでバッド・ボーイな彼らに乾杯!
| Rock | 03:01 |
やはり海外のサッカー選手はすごいな、ほんと。
サッカーの本質とは何か?前にも言ったがそれはロックアティテュードにあると俺は思っている。

この前のグレン・ジョンソンもそうだが偉大なフットボール・ロッカーは体だけ大きくなった子供なのだ。だがサッカーとはロックなのである。ボールを蹴りたての子供が抱くようなサッカーへの熱すぎる思いが体の大部分を占めているためにサッカー選手が便器を盗む事の重大性まで頭が回らなかったのがロッカー、グレン・ジョンソンだと俺は思っている。

今度はその反対。サッカーへの熱すぎる思いをピッチ内で存分に発散させた偉大な騎士が2人いた。両者とも母国イングランドのプレーヤーである。うち1人(白人の方)は過去に泥酔してマクドナルドでいすを投げるなどして暴れた事があり反グローバル活動家の才能も垣間見せている。

次の動画は俺がこれまで観たサッカー関連の映像の中で最も笑っ…いや感銘を受けたものである。0-3の超劣勢、しかもホームでロックンロールしやがった。

http://www.youtube.com/watch?v=RjlniVRcUhY


別アングル↓(動画のタイトルも素晴らしいが)
http://www.youtube.com/watch?v=nIdxEihVqcw
| Rock | 20:45 | トラックバック:0コメント:3
しかしまぁ、海外のサッカー選手はすごいな、ほんと。
バルセロナ?レアルマドリード?ロナウジーニョ?ベッカム?チェルシー?アーセナル??「世界最強リーグ!リーガ・エスパニョーゥルァ!」???

ノンノン。海外サッカーの本質はそんなところにあるのでは無い。

俺は海外サッカーの本質は選手のロック・アティテュードにあると思う。彼らは大人になれない大きな子供なのだ。しかし大人になれない事はロックの本質でもあるのだ。

日本のサッカーはまずこいつに追いつかなければならない。こいつらの永遠のロック・アティテュードに…

[ロンドン 19日 ロイター] サッカーのイングランド・プレミアシップ、ポーツマス所属DFグレン・ジョンソン(22)が便座と水道の蛇口を万引きしようとしたとして逮捕されていたことが19日、英国のマスコミ報道によって明らかになった。

 ジョンソンは17日、ミルウォール所属FWベン・メイとともに、日曜大工用品の販売店、B&Qで万引きを行おうとしたもよう。

 警察のスポークスマンは「ケント警察は17日、ダートフォードで22歳の男性2人を万引き容疑で逮捕した。2人は80ポンド(約1万9000円)の罰金を科された」と発表した。

 イングランド代表で5試合に出場した経験を持つジョンソンは、チェルシーからポーツマスに期限付き移籍している。

(日経スポーツより引用)


しかし、共犯の奴の名前が「ベン」って…
| Rock | 01:39 | トラックバック:1コメント:2
Punk Attitude!
パンク・ロックの歴史を追ったドキュメンタリー。

過去のパンクシーンを生きてきたミュージシャンや雑誌記者、クラブのオーナー等が当時の歴史を振り返り、パンクロックを再考しているインタビュー形式のドキュメンタリー。

ロックの歴史とはそういうものなのかも知れないが、「全て繋がっている」。パンクの歴史なんてあまり考えた事も無かったけど、ある点から出発してある点に帰結する様子は非常に興味深い。

俺の解釈だとラモーンズ、ドールズの台頭がイギリスに飛び火し、ピストルズ、クラッシュが現れ(例の安全ピンファッションが完成され)、ピストルズのアメリカツアーで逆輸入され、文化的に受け入れられたパンクがその誤解された解釈のまま衰退し、ハードコアなどに流れるって感じで捉えている。

映画を見て感じたのだが、いわゆるパンクシーンの一番濃密な部分は非常に短い期間で終わっていると言うことだ。「パンクは危険」と言う間違ったレッテルのまま表舞台に出ることの無かった文化が広く開放された時には全く違ったものになってしまっていた。あるバンドのメンバーも嘆いていたが「頬に安全ピンを突き通す」のは行き過ぎた勘違いであると(本来の安全ピンの使用は破れた服をつなぎとめる実用的なものだったと語られている。)。

作品の後半部分ではハードコアと化したパンクからヒップホップへの批判、そしていわゆるミクスチャー、メロコアに対する意見などが語られる。個人的にはこの部分が印象に残ったところだ。

ソニックユースのメンバーはこう語る。「ヒップホップは金儲けの道具に過ぎない」と。俺もこの見解の良し悪しはともかく、共感できる部分はある。パンクが体制批判によってアイデンティティーを見出すのに対し、ヒップホップは、作品内の言葉を借りれば、「体制の側になる」事を目的としている。以前、JAY-Zと言う大物ラッパーのドキュメンタリーをニュース番組で見たことがある。彼は苦難の少年時代を過ごしながらもヒップホップに自己を見出しスターダムにのし上がる。だが俺が違和感を感じたのは、大物になった彼がレコード会社の大物重役(演劇を見てクラシックを聴いているような連中)の前で自分の新作を発表し、重役たちは首を揺らしながら曲にノッている。こんな茶番があるかと。ここで共通しているのは「ビジネス」としての音楽。ラップと何の縁もなさそうなじーさん達とJAYーZの繋がりは体制と言うカテゴリーで共通する。

確かにラップはそれで金を稼ぐことがひとつの成功のモデルにされている。ラッパーの自伝的映画には確かにそういうものが多い。ただ、パンクロックからすると、それは裏切りに繋がるのだろう。ヒップホップもパンクも自身の苦難を歌う部分では共通するが、その場に留まり続ける事で尊敬を得るか、そこから抜け出す事で成功の羨望を得るのか、後者の部分が自分のルーツを忘れないパンクからすると批判的になる部分であろう。

これと共通してか、最近のいわゆるミクスチャー、メロコアに対しても批判的な意見が聞かれる。作品内でランシド、リンプビズキッド、グリーンデイなどが出される。付け足すならサム41やオフスプリングなどもそれに加わるだろう。彼らはこうしたシーンを「生産された怒りだ」と嘆いている。

難しい部分ではある。俺の友人で洋ロックを聴かない人が「グリーンデイって凄く聞きやすい」と語っていたのを思い出した。彼らにはポップで聞きやすい特徴があるわけだが「だから悪いのか」と言う話にもなるし、判断が下しにくい。「何を歌っているのか」についても「生産された怒り」と判断すればそれまでである。だからこそ、この部分をもう少し詳しく掘り下げて欲しかった。俺自身、グリーンデイやオフスプリングをクラッシュやピストルズと同等のパンクだとは思っていない。以前ビリージョーが自身のシグネーチャーモデルのギターの宣伝に出ていたがパンクを自認するならばやって欲しくは無い。現役バリバリのパンクロッカーが企業の宣伝に使われるのは否定的だ。だが、それが彼らの全てを否定することにはならない。この映画で残念なのが、そのあたりの批判を「商業主義」とまとめて唾棄しているところである。これではオヤジの愚痴だ。映画のスタンスとして、現在のこのようなシーンをパンクとすること自体否定しているのかも知れない。だが現在のシーンと密接に関わる世代として、建設的な批判が聞きたかった。それは少なくとも「今」を再考するきっかけにもなり、過去にも目を向ける助けになるはずだ。


251283.jpg

| Rock | 16:45 | トラックバック:0コメント:0
Love Boat Captain
俺が好きなPearl Jamの曲だ。


It's already been sung
but it can't be said enough
all you need is love

(もう歌われた事だけど まだ十分では無い all you need is love)


何が良いのかはっきり分からないけど何故かこの曲は素晴らしく聞こえる。アルバムRiot Actに収録されている。多分、この曲が俺にとって良いのは、全体的に暗く、重く感じられるこのアルバムの中で、どこか前向きで、先を見つめた姿勢が受け取れるからだと思う。

Riot Actでは絶望的で愚かな世の中を描写した曲が多くて、その中である意味では気楽に、明るく生きる意味を歌っているのだと思う。

ここでは「愛の船の船長」が「舵を操り導いてくれる」
導かれる先は「愛」。彼らがこれほど、楽観的な、でも大切なテーマを繰り返し歌うのが良い。

後半の叫びが特に好きだ。
And the young, they can lose hope cause they can't see beyond today,...
The wisdom that the old can't give away
Hey,...
Constant recoil...
Sometimes life
Don't leave you alone.

絶望的な世の中でも人生を歩むことが出来る、と言う感じに俺は解釈している。この曲に限らず彼等の作品全体を通して言えることかも知れないが、キャッチーなメロディがあるわけでも無く、特に派手なソロがあるわけでも無い。曲自体はバンドのバランスを保ちながら進むものが多い。そしてその曲はリスナーに染み込むように伝わってきて、はじけて踊りたくなるような派手さは無いけれど、しみじみと曲に浸る事が出来る。そしてリスナーは載せられた歌詞の意味を考える。

その点では歌詞と曲のバランスが取れたバンドでもあり、彼等が伝えたいものがはっきりと伝わってくるのかも知れない。歌詞は非常に難解だが、何度か聞いてみるとイメージが湧いてくる。

音より歌詞が大事、と言うことを言っているわけでは無い。実際音が良くなければ歌詞など意味を成さない事もある。音楽である以上「音」は何よりも優先されるべきだ。俺は歌詞を吟味したりするタイプだが、良い音は何を歌おうが良い音だ。「音」を大前提にした上で、結局はアーティストがやりたいこと&それへの姿勢、それが最も重要な事だと思う。

パール・ジャムがやっている事は他のバンドには出来ないし、その逆も然り。その独自性が、俺が彼等を聴く一番の理由だと思う。いろいろな視点でロックは評価できると思うけど、俺が独自性と言う観点で評価する数少ないロックバンド、それがパール・ジャム。その変わらない姿勢が本当に素晴らしい。



| Rock | 04:05 | トラックバック:0コメント:2
I wish I was special
Radio HeadのCreepが熱い。

友人がくれたアルバムの中に入っていたのだが、俺としてはRipcordやThe bendsの方が音としては好きで、最初はそっちの方ばかり聞いていた。

でも、何気なく歌詞を見てみると俺にとって物凄く意味のある事が書いてある。俺の感性なんてこんなもんで、音よりもやや歌詞を重視する傾向にある。歌詞がよければ音も良くなるいい加減な耳だ。


この部分に打たれた。

I wish I was special
You're so very' special

But I'm a creep,
I'm a weirdo
What the hell am I doin' here?
I don't belong here


About a Boyと言う小説を読んだことがある。まさしく「weirdo」と表現される少年の話だ。子供なのにどこか大人びている。もしかしたら「大人びている」と言うよりは、単にそれが彼自身だったようにも思う。でも結局周囲が「weirdo]と言えば彼は「weido」だし、そうでなければそうで無い。

俺が思うのは、つまり俺等は誰かの評価の下に晒され続けるって事だ。その評価はお金だったり地位や身分であったり。それは対人関係に重くのしかかり、絶対的な評価につなげる人間も大勢いる。例えば着る物に関して言えば、ブランド物のスーツを纏った人間は、着ているものがある種のステータスになる。もしかしたら、メーカーに着させられているだけかも知れないのに。「デキる男の~」「チョイ悪オヤジ」と言ったフレーズがファッション誌に踊るが、それを見て参考にする人が「デキる男」でも「チョイ悪」でも無かったら、意味をなさないはずなのに、矛盾が広く受け入れられている。

ファッションに限った事ではないが、本質を見誤った、アクセサリーのようなモノを現代人はステータス化し、それを自分と結び付けている傾向がある。「自分=自分」と考えられないから「○○=自分」の空欄を埋めることに必死になっている。

俺はT・Yorkがどういった意図でこの詩を書いたのか全く知らないので、勝手な解釈だが、内面と本質を理解し、意味のなさないものに苦悩し「俺はおかしな奴。一体何をしているんだろう」と叫んでいるように聞こえてしまう。そんな自分を理解しつつも「俺も君のように特別になりたい」と歌うこの曲の「I」に妙な共感を覚えてしまう。
| Rock | 20:40 | トラックバック:0コメント:5
Pearl Jam and Johnny Boy
最近俺にとって久々に熱いロックアルバムがある。

以下はその感想。

俺は基本的にロックは何か意味のあることを歌わないといけないと思っている。もちろん歌詞に意味は無くともひとつの形として形成してきたロックバンドは本当に尊敬している。例えばBon JoviやAerosmith、Guns and Roses。彼等は典型的なアメリカのスターバンドだ。それを批判する者も大勢いる。だが俺は彼等が本当に好きだ。いかにもアメリカのロックナンバー。BJのLivin' on a PrayerやAeroのNine Lives、GunsのWelcome to the jungle。素晴らしい曲であり今後も何百年も歌い継がれていくべきである。誰かがカヴァーしてもいいし、ギターを弾ける奴は家で弾けばいい。俺も最初の2曲は良く弾く。…うまくないけど。

一方で、ClashやU2、Sex pistols、Ramonesのように何かに怒り何かを訴えた連中もいる(非常に短絡的な表現だが)。世の中何かおかしいんじゃないか。そんな怒りが若者に共感を呼び、若者の姿勢に大きく影響していった。その事実もまた受け継がれていくべきである。それは最近の日本のバンドが全く気にかけなくなった姿勢でもある。愛やら恋やら「いかにも売れそうな」曲を垂れ流し続けたのが残念ながらわが国の音楽業界だ。先ほどの話と矛盾するかも知れないが、それにしても国内のバンドに気力は感じられない。

パンクはアティテュード。未だにそれを基本姿勢だと信じ、人生設計までに取り入れている俺としては見逃せないバンドが最近アルバムを発表した。

Pearl Jamのセルフタイトル、"Pearl Jam"とJohnny Boyの”Johnny Boy" あれ、両方セルフタイトルだ。だが久々に「きた」アルバムだ。

PJは今回のアルバムも非常に政治的だ。彼等の曲は後半の作品が政治的なんて言われるみたいだが、実際全てを聞いているわけでは無い俺が聞いてもポリティカルだ。俺の勝手な解釈では、明らかに某国大統領への批判であり、某国の貧富の格差への批判であるように思う。それをいくつかは非常に直接的に、いくつかは非常に文学的に、ロックナンバーに収めた曲は大きな意味を持つ。

JBはさらに直接的な歌詞で訴える。俺達は第3世界を食い物にし、その報いとして爆弾テロの犠牲となる。俺達は食べるもの、着るものがアイデンティティーになってしまっている。馬鹿馬鹿しくないか?耳が痛い。

で、また身勝手な帰結になるが、俺等のような若い連中はこういう曲を聴き考えるべきだ。考えたことが無かった奴も今からレコード店に足を運び中古でいいからこういうCDを買い、聴き、考えるべきだと思う。

ロックの力とは元来こういったものだったはずだ。その辺の飲み屋で俺等のような何でもない若い連中が「なぁ、最近なんかおかしいんじゃねぇか?」そんな言葉を交わしムカつき、考えるものでは無かったか。

それすら放棄し、何となくベルトコンベアーのように流され、終いには会社のロボット、社会の「クズ」、ニートになるのは何かもったいないし、自己を形成する手段を持たないまま何となくではロックも泣く。

日本のレコード会社も大いに問題だが、まずはリスナーが変わるべき。

だから先ほど挙げたアルバムを聞いて欲しい。気に入らなくてもいい。曲の好みは多種多様。だが訴えることは意味があるはず。それは俺等のすぐ隣に位置し、すぐにでも関わってくるように思える。

| Rock | 05:13 | トラックバック:0コメント:0
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